プレマサーダナ 2007年1月号

このサーダナでは、特に近年メディア等でクローズアップされることの多い霊界通信/チャネリング/霊媒となることの実害について明かし、それが人を、霊性から離間させていることを明かされます。
そして、現代世界においては、その行いによって悪魔である者達が現実にいることを示し、私たち人間が無害・無執着を生涯を掛けて学び、体現すべきであることを説かれます。


世間への執着を保持したまま肉体を失った亡霊(〈ghost〉)と、
神を明かす霊性(〈spirituarity〉)


質問:探求者に開かれている神へ至る道は非常に数多くあり、霊的な実践は無数に存在します。利用可能なあらゆる種類のトレーニングコースもあります。私は、心霊から指導を受けている人々がいると聞きました。私は、自分自身にとって本当に何が為になるのかについて混乱しているので、このことについて助言してくださいませんか?

宗教と信条にかかわらず、究極的には、神へと至る唯一の道しか存在しない。それは、真実と、霊的諸実践と、肉体的および精神的な無執着の道だ。このような一般的な指針の内に、あなたたちは、神実現という目標へ向かう数多くの道を取って進むことができる。そのような道は、すべて有効であり、神聖な至福という無限の海に通じる。しかしながら、あなたはまず、何が真の道なのか識別することを学ばなくてはならない。真の純粋な効果的な道の基準とはどのようなものなのかを確かめ、それから、あなたは、あなたにとってどの道が心引かれるのかを決定しなくてはならない。これは容易い。あなたの常識を用いなさい。あなたが好むことを、あなたに個人的に適していることを、あなたは行なわなくてはならない。もしあなたが自分が非常に好きなことをするなら、それは、あなたにとってより容易いだろう。

私が唱導する神聖な道は、マルチビタミンの長期服用に例えられる。私は、サットサング、バジャン、瞑想、プージャ、アビシェカム、無私の活発な奉仕の組み合わせを奨励する。これらが、あなたがあなた自身を神に明け渡し、あなたの身体の内側にある霊的な諸フォースを活性化し、そうして、究極的には悟りを達成するために、私があなたに勧めるやり方だ。

ヒーリングを実践することや、いわゆるスピリチュアルコースのために金を払うことによって、神に到達することができるなどということを、私はまったく信じない。高度な霊性は、決してコースを取ることによって学ぶことはできないのだ。心霊能力や空中浮遊能力を達成するために、法外な費用を払う人々もいるが、しかし、彼らは、きっと発達しないだろう。真の霊性の師は、霊性の導きに金を請求しないだろう。

自分の霊性の道において、死者の霊によって、あるいは地球外存在によって助けられていると信じる人々さえいる。私は、あなたに強く警告する――このような実践は、最終的にあなたを真の道から離してしまうと。そのような実践は、あなたに精神の破壊をもたらし、あなたの健康をすっかり損なうだろう。そのような交流は、究極的には、肉体的、精神的、霊的健康の欠陥をもたらす。死者の霊が、人類を助け、死後の生活について助言を与えることができると言う人々もいる。私は、心霊通信は、完全に私の教えに反すると感じており、どのような状況下であろうと、それを大目に見たり容認したりはしない。どの宗教であろうと、有名な聖者あるいは賢者たちは、誰一人として、死者とコンタクトすることを霊的熱誠者たちに奨励したことはない。事実、彼らは、それをしないよう非常に厳しく警告する。人が心霊世界をおもちゃにするとき、ひょっとすると最初は恩恵が生じるように思われるかもしれないが、しかし、少しすると、不運を体験し、人生は悪化するだろう。

幸運の女神、聖なる母ラクシュミは、死者の霊が呼び出されたことのある家に入らないだろうと言われている。そのような家は、純粋さと神聖さを欠いている。心霊に頼る霊的熱誠者は、まもなく恐れと不安感で一杯になるだろう。彼は、自分が混乱していることに気づき、そうして、最終的に、理性を失うだろう。彼は、無用な不慮の諸問題に巻き込まれるだろう。人は、自分が良い霊とコンタクトしていると推定することはできないのだ。良い行いをしている人々の人生に災いをもたらすことができる諸霊もおり、そうして、良い行いをしている人々の霊的な進歩は、途中で止められるだろう。この主題はサナタナ・ダルマの一環ではないし、死んだ祖先を大切にしたり彼らの安らぎを祈ることと混同すべきではない。もし肉体を離れた霊にコンタクトすることに関与するなら、それは、あなたとあなたの家族に、不運をもたらすだろう。誰であれこの実践を唱導する人と付き合ってはいけない。


質問:この主題について考えるとき、私はこわいですし、それがマインドの中にずっと留まってしまいます。最近、そのような物事についてたくさんの映画が流行しています。霊や悪魔やサタンは、私たちを害することがあるのでしょうか?

あなたは、若く感受性が強い。そのような映画を見ないこと、それらを話題にしたりそのような事柄について考えたりしないことが最善だ。もしあなたが霊性の道にあり、あなたのグルの指示に従っているのなら、悪いエネルギーは、あなたの近づくことはできない。私は、私の帰依者たちを守るし、彼らは、彼ら自身の信と神への帰依心によって自分たちを守る。できれば、あなたは、帰依の道に従うよう自分のマインドを訓練すべきだ。そのような考え、アイディアや邪悪な影響を手放しなさい。もしあなたが自分の霊性の導き手と神に帰依心を持っているなら、邪悪なエネルギーがあなたに影響を及ぼすことはできない。あなたのマインドを神を愛するよう訓練しなさい、神を信じ、神を頼みとしなさい。いかなる邪悪なフォースもあなたを支配したりあなたに何らかの影響を及ぼす機会は、疑いなくまったくないだろう。私は、今まで、真の帰依心を持つ人が悪魔の力によって影響を受けているのを見たことがない。

人間として生まれている‘悪魔ども’と共に生きることのほうが、もっと困難だ! 本物の悪魔のように振舞う人間たちが存在するのだ・・・人間同胞を気まぐれに虐殺し、不具にし、拷問する者たち、悪魔のように残忍な生き方をしている者たちが存在する。ダルマを破壊し惑星を汚染しているのは、彼らだ。個人的に、私は、この”サタンという概念”は、あまり重要ではないと思っている。もっと重要なのは、人々が振舞うやり方だ――道徳的なやり方で振舞っているかそれとも不道徳なやり方で振舞っているか、他者に対し有害なあるいは邪悪な影響を及ぼしているかどうか、だ。


スワミ・プレマナンダ